旧日本兵の遺骨がみつかる
浦添市の区画整理事業地域内で旧日本兵の遺骨が発見されました。
9月24日、渡久地修県議と一緒に浦添市の文化課の職員の説明をうけながら現場を確認しました。
64年前の戦争で、300年前の近世墓群の下部をくりぬいて
防空壕としてつくられたもののようです。
3人の男性が横になって休息をとっていたか、夜、眠っていたときに
爆弾攻撃を受けたものと推測されています。
右向きに横に寝ていた人の足元には弾丸をこめた銃がありました。
もう1人は両手を枕にして仰向けですが、その人の左腕にもう1人の片足が乗った状態でした。
職員の話では爆発のため2段ベッドが崩れ落ちたのではないかということでした。
同じような防空壕らしきものは、近くにあと2,3か所あるようです。
つい先日、西原町で5人の遺骨が発見されたばかりです。ちょうど、私たちの調査中に、西原
の遺骨は身内ではないかと尋ねてきた方がいました。
「戦争のために造った壕や、戦争遺物など沖縄戦の痕跡を多く確認した。その中から3体の
戦争遺骨がほぼ完全な状態で発見されたが、このような例は浦添ではあまりありません。
今回は、沖縄戦に対する認識を深める機会にしたい。
沖縄戦は南部戦跡が強調されるが、浦添においても激戦が戦われたことを物語る「無言の証人」・・。
沖縄戦の記憶の風化が叫ばれているが・・
沖縄戦がまだまだ終わっていない現状を知ってもらいたい」と文化課の説明文は記述していました。
戦後64年経って、まだ戦後は終わらず、
米軍基地が居座りつづけています。
頭上を飛行している米軍機の爆音もすさまじく、
日米軍事同盟から手をきって、新しい平和友好条約を結んで、
アメリカとも他国とも平和友好な関係をつくっていく。新たな決意で現場をあとにしました。